2025年11月5日
世界初の“木質カードゲーム” DELTASENSE。
合言葉は「難しいことは簡単に。簡単なことはより深く。」
金町での前回に続き、今回も異業種が一卓に集結。
今回は、11/5に実施した体験会から、卓上で生まれた価値あるトピックを中心にお届けします。
本記事の構成
参加者
- 日本伝統文化の保護者:日本有数の経営者養成塾から独立して、今はジブリのプロデューサーと禅問答を実施中。
- 日本有数の青年会元監事:家業で山を所有、木材の輸入販売をする傍ら、暗号資産の新たな仕組みを考案中。
- 地域と若人を応援する司法書士:これから事務所の法人化を進めて着実な拡大路線を推進。
- 日本一の美容サロンの裏方:数々のコンサルティングを経験、現在はかつての友人と再会することが趣味。
- サッカー留学を志すU18選手:選手権ベスト4経験、渡米して世界中を旅して回りたいという夢を持つ。

卓で生まれた主要トピック
事例B:ミシェル・フーコーの著書『監獄の誕生―監視と処罰』
参照情報との関連性
- この事例が、参照テーマのどの構造・課題・仮説に重なるか?
参照情報でベンサムと並んで名前が挙げられたミシェル・フーコーは、パノプティコンの概念を単なる監獄のモデルから、近代社会全体を貫く権力のメカニズムへと拡張した思想家です。彼の著書『監獄の誕生』は、参照情報が提起する「SNSがパノプティコンに近い」という仮説の理論的支柱となります。なぜ私たちがSNS上で他者と比較し、見られることを意識して消費に走るのか、その背後にある見えない「規律・訓練権力」の構造を解明する上で不可欠な事例です。
内容説明(Overview)
- 何を目的とし、どのような背景と手法で行われているか?
1975年に出版された本書は、近代以前の身体への残虐な刑罰(公開処刑など)が、なぜ近代における監獄(拘禁)というシステムへと移行したのかを歴史的に分析したものです。フーコーの目的は、この変化を単なる「人道化」としてではなく、より巧妙で効率的な「権力技術」の変容として捉え直すことでした。彼は、監獄、軍隊、学校、工場、病院といった近代の諸施設に共通する「規律・訓練」のメカニズムを暴き出し、その象徴としてベンサムのパノプティコンを分析の中心に据えました。手法は、歴史的な文献や資料を丹念に読み解き、権力がいかにして人々の身体と精神を訓練し、社会にとって「従順で有用な身体」を作り出してきたかを論証するものです。
定量データ(Quantitative Evidence)
成果・結果・傾向・業績・効果測定などの情報:
- [データ①] 引用回数: Google Scholarによると、『監獄の誕生』は人文社会科学の分野で数十万回以上引用されており、20世紀の思想に最も影響を与えた著作の一つとされています。
- [データ②] 翻訳言語数: 本書は数十の言語に翻訳され、世界中の大学で社会学、哲学、歴史学、メディア論などの教科書として採用されています。
- [データ③] 関連研究の数: フーコーの規律権力やパノプティコンの概念を用いて、監視カメラ、データマイニング、SNS、人事評価システムなどを分析した学術論文は数万本以上にのぼります。
定性データ(Qualitative Insight)
関係者の証言・現場観察・記事から得られた情報:
- [観察①] 権力の遍在性: フーコーは、権力が王や国家といった中心にだけ存在するのではなく、社会の隅々にまで浸透し、人間関係の中に網の目のように存在している(遍在する)と論じました。SNSにおけるユーザー間の相互監視は、この権力観を象徴しています。
- [証言②] フーコー自身の分析: 「規律は、服従させ、利用し、変形させ、完成させるための方法の総体である」。彼は、権力の目的が単に抑圧することではなく、人間を社会にとってより「有用な」存在へと作り変えることにあると指摘しました。
- [記述③] パノプティコンの再解釈: フーコーにとってパノプティコンは、近代社会そのもののメタファーでした。人々は、自分が常に社会の規範という「見えない目」に晒されていると感じ、自らその規範に従うようになります。これが「規律社会」の本質です。
行為主体が生み出す功罪(Actor Impact)
- 当事者(フーコー、読者)が得たものと失ったもの
- 功(得たもの): 社会を読み解く新たな視点。読者は、当たり前だと思っていた学校の規則や会社のルール、社会の常識が、実は巧妙な権力作用の結果である可能性に気づかされます。これにより、社会を批判的に分析し、自明視されてきたものへ疑問を投げかける力を得ました。
- 罪(失ったもの): ある種のシニシズム(冷笑主義)。あらゆるものが権力関係の産物であると捉えることで、純粋な善意や人間的な連帯といった価値を信じにくくなる危険性があります。社会変革への希望を見出しにくくなるという批判も受けました。
消費者に与える功罪(User/Customer Impact)
- 第三者(分析対象とされた人々)に与えたものと失ったもの
- 功(与えたもの): 自己認識の深化。自分がなぜ特定の行動をとるのか、なぜ特定の価値観を持つに至ったのかを、社会的な権力構造との関係で理解するきっかけを与えました。例えば、参照情報の「貧困女子」が自らの消費行動を客観視する一助となり得ます。
- 罪(失ったもの): 「素朴な自己」という幻想。自分の個性や選択が、実は社会によって形成されたものであることを突きつけられることで、「ありのままの自分」という感覚が揺らぎ、アイデンティティの不安を覚える可能性があります。
社会に与える功罪(Societal Impact)
- 社会が得たものと失ったもの
- 功(得たもの): 権力への鋭敏な感覚。フーコーの分析以降、社会は「監視」というテーマに対して非常に敏感になりました。プライバシー保護の議論や、データ収集に対する市民の抵抗意識は、彼の思想的影響と無縁ではありません。
- 罪(失ったもの): 過剰な「陰謀論」への道。権力が常に見えない形で作用しているという考え方は、時に行き過ぎて、あらゆる社会現象を誰かの意図的な操作の結果と見なすような陰謀論的な思考に陥りやすい側面も持っています。
特記事項および成果(Notable Outcomes)
- 他社(他国)との違い、意外な副次的成果、第三者からの評価・受賞歴など
フーコーの功績は、18世紀のベンサムのアイデアを20世紀後半に蘇らせ、それを「監視社会」を予見し、分析するための強力な理論ツールへと昇華させた点にあります。彼がいなければ、パノプティコンは建築史の一つのエピソードに過ぎなかったかもしれません。彼の分析は、インターネットが登場する以前に書かれたにもかかわらず、現代のデジタル監視社会を驚くほど正確に言い当てていると評価されています。
その事例から生まれる創造性に溢れた新説/仮説(Disruptive Hypothesis)
- この事例から導かれる新たな教訓、ドキドキワクワクするようなロマンある仮説:
『自己表現としてのハッキング』
フーコーが暴いた規律権力は、私たちを「従順で有用な身体」へと作り変えようとします。ならば、このシステムに対する真の抵抗は、単なる反発や無視ではなく、そのシステムを意図的に「誤用」あるいは「ハッキング」することにあるのではないでしょうか。例えば、SNSが「映え」や比較を求めるなら、あえて「失敗した料理」や「何もしていない退屈な日常」を投稿する。これは、SNSという規律装置が期待する「有用なデータ(=広告価値の高いライフスタイル)」の生成を拒否し、システムの意図をずらす行為です。これは、権力から逃れるのではなく、権力の土俵の上で遊び、そのルールを書き換えることで、自分だけの表現と自由を奪還する創造的な闘争と言えるかもしれません。
欠点・懸念・改善事項(Critical Notes)
- 問題点、未達成目標、ステークホルダーからの反発、制度上の壁
フーコーの理論は、権力からの「抵抗」の可能性を示唆するものの、その具体的な方法論については明確ではありません。彼の分析は社会構造の解明に重点を置いており、個人がどう行動すべきかという実践的な指針は乏しいと批判されることがあります。また、彼の権力論はあまりに包括的であるため、あらゆる人間関係を権力闘争としてしか見られなくなり、愛や友情といった非権力的な関係性の価値を見過ごしてしまう危険性も指摘されています。
お土産のお裾分け
※上記リンクは7日後に閲覧が出来なくなります
今回の合言葉は「密度」でした。
人はそれぞれ同じ時間を共有していますが、その経験値には確固たる差があります。
しかし、その経験値とは常日頃の自問自答に左右されているのかもしれません。
人生における密度とは何をもってして図るべきなのでしょうか。
参加者の体験と知識が相互に紐づく瞬間を目の当たりして、非常に豊かな時間だと思えました。

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